毎回30艇を越す大会となったこのレースも発祥について知る人がほとんど居なくなりました。
もう一度歴史を記しておきます。 

15年ほど前までは長浜の海は毎週週末には10〜20艇の太陽印のセールで埋め尽くされていて、
これにあこがれた私は50歳近くになってレーザー長浜フリートに入れてもらいました。 
当時皆愛想が悪く、うちでは「長浜の海賊」と呼んでいたのですが、時間がたつにつれて誰もが非常に
親切に教えてくれ、ヨットマンの精神をたたき込んでくれたすばらしい仲間です。 

残念ながら1年後に長浜フリートは解散しましたがその後も三戸浜から出帆すると必ず
長浜fまでsailingし、だれかいないかなーと思いながらうろうろしましたがついぞ出会いませんでした。
しばらくしてYSAの市川さんがやってきて、ファーイーストの連中とレースをやっていたので、
ただ1人レーザーで参加させてもらっていました。 これも5,6年は続いたのですが、
ついに1艇もいなくなり、ときどきYSZの生方さんが女子高生の指導にやってくる程度になっていました。 
ひどいときには私1人の時もたびたびありました。 

あるとき沖で出会った生方さんと、風がないため長い間話し込み、なんとか昔のにぎわいを取り戻したい
と切実に思うようになりました。 そこで相談をしてスループでもなんでもいいからとにかく何艇か集めて
レースやろうということになり長浜は生方、三戸浜は私が声をかけやっと10艇程を必死で集めました。 
生方さんがレース前日YSAに泊まり込み、ゴルフ場の片隅から拾ってきたカップを一晩かけて磨き上げたのが
現在の長浜三戸浜杯です。 ちなみに第1回の覇者は鈴木さんです。

生方さんは筑波大出身の秀才で、ヨットのルールやレース運営など熟知しており、この人なしでは
長浜三戸浜レースは始まらなかったことを忘れてならず、歴史の立役者の名をとどめ感謝したいと思います。 
残念ながら彼は現在クルーザー専門になっています。 

第3回か4回ぐらいになって、笠島フリートから突如変な男が1艇回航してきました。 
これが改行氏のデビュー戦で、第1レースは間に合わなかったのですが成績が1位田口さん、
2位改行さん、3位が2位と同点の爺々Mと、今では考えられないような順位でした。

その後は皆さんご存じのようなレースが展開し、今では他のフリートから超一流の選手が参加してくる
程度の高いレースとなったのは感慨深い思いです。これは「笠島から来た変な男」の偉大な功績と
感謝しています.今後も長年に亘って続くことを願っています。




長浜三戸浜杯の歴史
2002.11.08  田中博之