今回の戦前の目標は極めて明確であった。マナーにのっとってレースすること、これである。しかし。メロスは激怒した。クロスでブランケをかけられたのだ。第一レース、メロスはスタートですぐ返しポートのレグを走っていた。シモに桑原艇。２艇。右に突っ込んでやれというのが特に深いカンガエもないプランである。風はオンデッキ。フレッシュアエアー。と、誰か自分の前でバッサリとモロブランケかぶせてタックしてきた。リゲインむろまつの旦那である。カーッツ。頭の毛細血管が逆流する。「おい、こんなとこで」と怒鳴る。ああ、はしたない。マナーが、マナーが。まだ１上まで4分の１もいってないのだよ、こん時。そこの左前方の海面と風は俺のものだ。なにやら領海侵犯されたような気分だ。が、別にブランンケはルール違反してる訳じゃない。こんなんでイチイチ怒ったら、負けだ。頭に血が上った奴が負けだ。ヨトレースの鉄則、人生の鉄則だ。私は気を取り直し、大局観を持って逃げタックした。この本気。この頭の中スッカラカン。なんて楽しんだろう。 1上に向かうと左に行った艇団、浦賀組やMイ、いそ部ら５，６杯がはるか遠く上マークを回っていく。私はリゲイン、桑原艇に続き後のほうで回る。フリーでは桑原さんが意地になってむろまつ艇と上って2杯で大局観のない局地戦を激しく戦っているのを後ろから見ながらシモに向かった１レース目であった。その後下回ってからもこの２人は激しくバトッていた。２レース目の流し込みフィニッシュ前のランニング、先行する私と桑原艇が激しく局地戦、消耗戦。２人とも後ろの方である。桑原さんはマムシのように私の後ろにピッタリくっつき上に下に揺さぶってくる。後ろから上ってきたので私もセンター全部降ろして応戦する。と、すぐ落としてくるので私も負けじと落とす。「東京オリンピックの時、桑原さん何年でしたか？」と奥の手で気をそらしても「そうだな」と動じない。さすが歴戦の勇士である。ラインまであと５艇身もない。ギリチョンで勝てると思った。五十嵐が本部戦から身を乗り出してラインの見通しを見て２艇の着順を見る態勢をとっている。数十センチ、僅差で勝てる。その時である「勝った。勝った」と背中で桑原さんの声がする。これでまた私の血が逆流した。ブームを全部出して、少しでも前にラインを横切ろうといた。これがまずかったらしい。なんと「勝った」と言った時、実はまだ抜いてはいなかったという。「だが言った」という。やられた。さすが歴戦のツワモノである。最後の最後で奥の手でやられてしまった。暗示に弱い私の性格を知り抜いた高等戦術。クソーーツ。なんて楽しいんだろう。２レース終えて、イソベが１-１。最終レース前「おい、最後も１なら完全優勝だな」とハゲマス。カトーも「リコールさえしなければ優勝だな」と正しい励ましをイソベにしている。これは後輩をつぶすため、古来よりジイサマからジイイサンへ伝わってきた正しい所作である。レースで勝てないジイサマはこうすることでウサを晴らすのを常とし、ひそかな、しかし無上の喜びを覚えるのである。イソベ選手はそのすべてを受け止めねばならない。「イヤなおじさまタチだな」と顔を引きつらせニガ笑いしている。本部船によれば、最終レース、スタート後、iSO部選手はプレッシャーのためか、つめすぎて完全に止まっていた時があったしい。が、そのプレッシャに勝ったのは素晴らしい。結果は成績表の通り。この日1日風は南、４Mくtらいのオンデッキ。快晴。レースは磯部、浦賀組の洲平さん明さん、素晴らしいボートスピードのMイ選手らが終始トップ集団を形成していた。私ははるか後ろ走ってたので上位の争いはさっぱり知りません。桑原さんは最終レース微風で1位をとり、オカで機嫌よかった。事実上のしんがりを３レース務めたカトーの船は、あるでGGMが一緒に乗っていたかのように遅かった。どうもおとなしく見てるだけじゃ気がすまず、GGMは、あの世からレースに参加しにきたのであろうとパーティーで皆で話した。この軽風だ。２人はきつかろう。カトーは「T中先生、どうせなら、乗るんじゃなくて船を押してくれりゃいいもんを」とオカでぼやいていた。ヨットレースって頭の中がスッカラカンになるな。スタート前の緊張、ビシバシ。3分くらい前から誰が何考えてるかハッキリ解るビシバシ。スタートラインのビシバシ。ああ楽しかった。おしまい。